
今回のブログでは、こちらの記事『米ウォール街の若手争奪、仁義なき戦い 「カッコウ型」引き抜き横行』(日本経済新聞)を起点に、若手人材の流出という構造的課題について考察します。そして、人事部門がAIを活用することでこの問題にどう向き合えるのか、具体的な打ち手を考えたいと思います。
「育てたら奪われる時代」に人事ができることはあるか
ウォール街では今、銀行が数年かけて育てた新人アナリストが、プライベートエイクティファンドやヘッジファンドに「成果が出る前」に高待遇で引き抜かれる事例が急増しています。「育成はコスト。引き抜きはフリーライド」。一見、日本とは異なる超高報酬市場に見えますが、根っこにある課題は共通しています。たとえば以下のような兆候は、国内でもすでに見られはじめています。
中堅社員が、育成プログラムの修了と同時に競合企業に転職
オンボーディング1ヶ月で「キャリア的に魅力がない」として辞退
スカウトメールでの転職が当たり前になり、入社意欲の維持が困難
こうした課題に対して「契約」や「ルール」で縛る動きもありますが、抜け道の多い現代において、持続的な解決策とは言えません。では、何が必要なのでしょうか?
AI活用人事でできること:3つの「離職防止」アプローチ
人材の流動性を前提とした時代において、「引き止める」ことだけに終始するのではなく、「育成の意図が伝わっているのか」「不満・不安を抱えていないか」「キャリアパスをイメージできているのか」をリアルタイムで把握する必要があります。ここでは、AIを活用して実践できる3つの取り組みを紹介します。
1. リアルタイムエンゲージメントの可視化とナッジ
Slackやメールのやりとり、1on1の記録、社内SNSの投稿頻度などをAIが分析し、「心理的離脱」の兆候を早期に検知する取り組みが進んでいます。たとえば、HumanyzeやPerceptyxといった海外のAIツールは、行動データから「エンゲージメント低下のリスクスコア」を可視化し、マネージャーに具体的な働きかけ(たとえば「今週はこの質問を1on1で」)を提案してくれます。
リアルタイムエンゲージメントの可視化に関する参考記事:「隠しごとのない人事部」を実現する── 透明性を高めるAI活用人事ツール5選
2. 「なぜ辞めたのか」ではなく「なぜ続いているのか」を構造化
離職理由の分析はよく行われますが、実は「長く働いている人に共通する要素」を明らかにするほうが、定着の施策には役立ちます。AIを活用して、社内の定着者のキャリアパス・初期配属・育成プロセス・スキル取得履歴などを構造化・分析することで、「定着しやすい育成の型」が見えてきます。この考え方は、Retain.aiやCrunchrといった人材アナリティクスツールにも反映されています。
スキルの可視化・マッチングに関する参考記事:AI活用人事が埋める事務職の“人手過多” ── 世界の「スキル・マッチング」サービス5選
3. 「キャリアの見える化」による未来不安の解消
意外に多いのが「このまま働いても先が見えない」という不安です。これは待遇だけではなく、「未来のイメージが持てない」ことによる離職動機です。社内の先輩社員の経歴データを構造化し、類似したスキル・志向性を持つ若手に「あなたの将来像」の例をレコメンドする機能は、近年注目を集めています。AIがキャリアシナリオの「視える化」を支援することで、若手の離職リスクを軽減する取り組みが国内外で始まっています。これは「OB/OGの構造化 × AIレコメンド」による「未来の疑似体験」であり、キャリア不安を和らげる大きな一手になり得ます。
日本企業の人事が見直すべき3つの視点
今回の記事から見えてくるのは、単なる待遇差ではなく、「育成プロセスが目的化してしまっていること」の危うさです。以下のような問いを、いま一度組織で共有することが重要です。
育成は「習得」のプロセスになっているか、それとも「耐える」プロセスになっていないか?
育成中から「この経験がどう役に立つのか」が本人に見えているか?
キャリアの可能性を、個人任せではなく、組織側が提示できているか?
これらに正面から向き合うことができれば、AIは「辞めさせないための監視ツール」ではなく、「人材が活きる道標を示すパートナー」になれるはずです。
引き抜きに強い組織は「育成の透明性」でつくられる
ウォール街のような超高報酬市場でさえ、投資ファンドの一部は「青田買い競争を自粛する」と宣言しはじめています。それは、若手にとっても「キャリアの意味が見えにくくなる」ことが、いずれ市場にとってマイナスになるからです。
若手が「不満」ではなく「不安」で転職を決める時代でもあります。人材の流動性が高まる中、人事が本当に向き合うべきは「引き止めること」ではなく、「この組織で働き続けることに、納得できる構造をどうつくるか」になります。そしてその構造づくりに、AIは確かな道具になりつつあります。
この記事を書いた人

#AI活用人事 舟久保(ふなくぼ)
総合マーケティング会社で23年間、NBメーカーの商品開発・販促企画のアイディア創出のための調査から、クチコミマーケティングの企画・施策実行までの支援を行う。新しいモノが買われなくなるレコノミーの時代の到来を実感し、フィードフォースに加入。ID統合とCDPを活用した人間中心のマーケティングのためのSDL構築と、生活者と企業の新しい生態系「IDeconomics」の実現を目指す。加えて、人事・採用のリスキリングにも挑戦中。












